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2010/05/06.Thu

[自ずと]


また難題に挑んでいる自分がいる。
自由とはがんじがらめの不自由さの中にある、とは長渕剛。


[自ずと]

自分とは何者か、と
問いかける。


自分とは如何なものだ。



沸点を越えるまい、と
自らを戒める。

自分とは症状のひとつの
病名なのか。



さて、問題です。

自由とはさて
何処に存在する。


心の中か、

頭の中か、

退化する躯にある、

はたまた共存の果てに
辿りつくものなのか、


これ以かに。



律する念いとは
裏腹に



この垣根を飛び越え
誰も知らない



未開の地へと挑みたい。



だが

自ずと、他人を愛す芽吹き。




それは
まるで

太陽の子供たちのように。


闇の向こうも
光の向こうも

同一の
存在価値なのか。




僕はやはり
歩かなければならないのだな…

君の手をひいて、
何処行く宛てもないけれど



自ずと
僕の躯は動きだすのだ。


その先は絶壁にあろうが
底のない底などないのだから。

自ずと
生きたい、と躯は動きだすのだ。



自由とは

自らを由する?

自ずと由する?


そこに意思は介しては
いけないのか。


目の前の一歩を

僕は

自らの意思をもって
踏み出したい。


そこに君が手を添えている気がするから。




最後の一文に一筋の光が視えた気がした。
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言の葉 | Comments(2) | Trackback(0)
Comment
ナガブチに一票。

シホミエツコより
スナフキンさんへ

ぶうにも一票おくれw

シホミエツコさん、どうか銀幕カムバック!

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