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2010/05/06.Thu

駅前札幌ラーメンの幼馴染に逢いたい、のぶうメモ

なぜか不意に気になった。「アイツは元気にいるのだろうか…」風の噂ではアイツは店を継ぎ二代目になっているらしい。それを聞いたのは遠い昔。成人してからのち一時自分を見失っていた時期があり自問自答。20代初め、すでに中学期に帯広に転校した私であったけれど、もう一度原点に立ち戻ってみたい衝動にかられフイと生まれ故郷の根室へ車を走らせていた。懐かしい潮の香り。なんか鼻の奥がツンとした。記憶を辿るように町並みを歩く。下町。JAZZ喫茶。小学校。港。古びた作業場。そして鉄道アパート。「頑張ったよな…?」問いかける。根室の町並みが「頑張ったぞ」と応えてくれた気がした。母が働いていた東旅館。幼い頃三人兄弟の末っ子の私は共働きの両親のもと、余りの寂しさに母が働いていたその旅館に泣きながら裏門をノックした。夕げの支度に追われるおばちゃん達。其の中で母も汗を流しながら忙しく働いていた。私は其れを長らく見ていた。度々おばちゃんから声をかけられる。母も時々目線をくれる。其れだけで嬉しかった。小学生時代、友達も増えた。小さな町の中で私の世界は広がった。自転車で駅前から下町までの小さいけれど私にとってはその世界は雄大で広大な世界の全て。私は切っ掛けが何だったか今では記憶にないが1輪車をせがみ買ってもらった。しかし親父から容赦ない1輪車の教習が待ち構えていた。学校が終わると夜勤前の親父と近くの緑公園に赴き、何度転んでも泣いても教習が続いた。数週間後、ようやく乗れるようになった私は1輪車で何処までも乗り続け、乗り越えた。私はこの1輪車であったら何処までも行けるような気がしていた。また世界が広がる。

想い出話はその位にして。そんな小学生味代、大切な友人の中にSというヤツがいた。よくそいつの家に遊びに出掛けていた。そいつの家は両親がラーメン屋を営んでおり、私もそいつも「親が共働き」という境遇であったのか意気投合し仲良くしていた。そいつの両親のラーメン屋へもよく出掛けご馳走になった記憶もある。なんでだろう、それが不意に今蘇ったのだな。「アイツは元気にいるだろうか…」懐かしくアイツの実家へも車を走らせた。しかしその当時20代初め、アイツは根室から離れていた。ご両親に挨拶し懐かしいラーメンを食った。その数年後、風の噂でアイツがラーメン屋を継いだと耳に入ったのだ。何処情報だ?忘れた。そして今。ネットの世界は素晴らしい。あのラーメン屋で食べたとかのブログがヒットした。あら!?そうなんだ!かりんさんも行っていたんだなあ。そうそのラーメン屋とは駅前札幌ラーメン。ブログを拝見し懐かしさに嬉しくなった。またいつか行きたいな。いつか私の生まれ故郷の根室をfamilyにもみせてあげたい。Sよ、もし偶然にもこのブログに辿り着いたとしたらどうか連絡してくれ。すぐには再逢できないが近況を知らせたい。あと懐かしい情報をありがとう!かりんさん(^o^)丿ネットって凄いねえ。かりんのひとりごと「駅前札幌ラーメン」その当時に私やかりんさんと同年代の男性が居りませんでしたか?もし居たらそいつが私の幼馴染ですw
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ぶうメモ | Comments(4) | Trackback(0)
Comment
まとめ読みして今気付く・・・w
お店にいたお兄さん1人だけ覚えてます。
お兄さんとか書いてるけど、たぶん私と同じくらいだけど(笑)
ブログ記事を書いた後も数回訪れていて、その時に印象に残ってます。
特に何があったというエピソードはないのだけど。
そっか、あの方は豆家さんの同級生なんですね。
なんだか不思議なご縁を感じますね。
かりんさんへ
なんとしなくにネット検索したらかりんさんのブログがすぐヒットしてビックリ(・∀・)!でしたww不思議な縁ですねえ。

やっぱり継いでいたようですね、安心しました(*´∀`)ノ
No title
初めまして
現金化をおこなっているものです!

いつも楽しく拝見させていただいています!

あたしも札幌行きたいな(VvV)


不景気ですが
お互い頑張りましょう☆

また覗かせていただきます!
ショッピング枠さんへ
いつも見て頂きありがとうございます♪

因みにこの記事の札幌ラーメンは根室のお店なのですよww
また覗いて下さい^o^)丿

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