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2010/06/05.Sat

ブログで何か変わると思うなよ、ただの自慰である。自答したいぶうメモ(追記)


平成22年6月4日

久々に泥沼へ。自問自答しております。只の吐露です。スルーしてください。

私はこうして「食べる」事が大好きで「作り手」さんの生き様というか食に対する拘りや想いに共感したり心動かされたりするのです。また自身の夢への過程として自身への叱咤を含め接客やクレンリネス、ホスピタリティを学ぶ事で、お店に通う事に意義を持っておりました。関東在住時代より特にラーメンがとても深く素晴らしいメニューである!と感動し関東の端から端まで食べ歩いてきました。その当時から携帯で写真を撮り自分の軌跡として残して保存していました。帯広に戻ってきてから自身の食べた軌跡を文章にして発信出来ないか?と考えるようになりまた自身の夢の参考書、備忘録としてブログを開設する事にしました。いやそんな大袈裟な志しではなく、只単純にその店の作り手さんやお味に、その総合的なおもてなしに感動したいだけなのかもしれません。いやもっと云えば単に自慰的快感を味わいたいだけなの、か。

そんな中、今回惜しくも帯広飲食店の中でもルーキーでありとても期待していたお店「らーめんまるひで」と「とんかつ専門店桜麟(きりん)」の閉店を目の当たりにしました。その両店とも残された店舗には告知の貼り紙もされないまま灯火が消え失せました。自身ブログではらーめんまるひでを何度か記事にした事もあります。秀店主とも少しながら一言二言お話をさせて頂く機会もあったり、と。広告などで価格を下げたとか一周年記念だとか知り味わうべく暖簾を潜ったりもしましたが、しかし私は期待していたお店であったのに関わらず此処数カ月暖簾を潜ってはいませんでした。桜麟の若き店主とは「とんかつで勝負したい!」「天下を取る!」という強き意気込みと志しにとても共感を持ち、またトンカツへの愛情もとても強い店主を応援したいという気持ちを持ちました。しかしブログでは記事にまだしていませんでした。

そんな両店の閉店を目の当たりにし、私は「何をやってんだ…」「何の力にもなれなかったじゃないか」などと勝手に凹みまくり勝手に悩んでいる訳です。もう只の馬鹿です。只の妄想です。こんな私のブログなんてなんの影響力もないしそもそも只の備忘録、自分の為に書いていた自慰的作品・文章だっただけなのに。ある御大が仰いました。『「食べ歩く」のか「食べ通う」のか。誰もが持っているお客側の我儘なのかもしれないのです』またある店の親父さんが仰いました。『食べ歩いているお客さんやブログで記事にしている人達なんてすぐ離れてしまうんだから』最近アクセスが増えてきたり、またそろそろ名或る帯広ブロガーさん達の仲間入りが出来たのでないか?と舞い上がっておりました。最初の頃はホントに好き勝手書いていました。しかしある時期より帯広の飲食店の歴史を紐解いてみたいという欲求が湧いてきました。ブログを書く行為に何か大きな意義を見出してみたくなりました。最近の記事の変貌はそんなところからなのです。

「食べ歩く」のか「食べ通う」のか。

ですが「新しい味」を知り感動したい。今まで知らなかった素晴らしい「作り手」さんをもっと知りたい。その気持ちは変わる事はないと思います。また自身感じた事を紗にかけず書いていくのも変わる事はないのかもしれません。しかし今回の「らーめんまるひで」と「とんかつ専門店桜麟」の閉店で私の中で大きく『何か』が変わったと思います。その『何か』とはなんなのかはまだ明確には出来ず右往左往する気持ちで自問自答しておりますが。

「お客様」と「お店」の関係性。

お金を払ってその味にその人柄にその雰囲気に、感動する。その対価とは?5月を持って閉店してしまった寶來の最期の関係性になにかヒントが、いやそこに全てが集約されているのかもしれない。



今腑に落ちた。なんだ俺…?
一番悔しいのは店主本人じゃねーか(泣)!バカヤロー



平成22年6月5日

鬱屈していたんでかみさんにぼやいてみた。するとかみさんがこう云う。「食べ"通う"お店に出会う為の食べ”歩き”ですよ。『旨い』とジャッジする基準は脳細胞の数だけあるんだから、勿論味だけじゃなく総合評価だし。脳細胞×人口。閉店した2店舗は諦める勇気があったから素晴らしいよ。それだけ熱い想いがあったのなら尚更一番悔しいのは本人だし、リベンジを待っている人がいると知るだけで励みになるだろうね」さらに「なにかが絶対良くなかったから続かなかったんだよ。その『何か』を見つけて改善すれば強くなって再出発した時に、こっちが『ジャッジしてやるよ』位のスタンスでいたほうが店主の面目も立つって気がする」なんちゅうかみさんだ…惚れ直したわ。なんか足りない部分が符号した気がした。

情報収集ツールとしてみれば口コミ同様大きく変わる。自慰という言葉で片付けられるものではないのだろう。其の通りだ。記事を書く事で「何を云いたいのか」「何が目的なのか」「その尺度は」ある御大は確かにその事を明確とされている。私はといえばどうなんだろうか。ブロガーの記事を読んで凹む店主もいる。更にブログを(ブロガーを)利用する店主もいる。「写真を撮ってる間に料理が冷める」と心情を露わにする店主もいるのだ。コメント其々によって閉店に追い込まれた店主も確かに存在する。「お店」と「お客様(ブロガーも同意)」とのどう距離感を保つのか。それは私も日頃気になっていた事だ。また「ぶうと他の方の決定的な違いはカウンターの『あちら側』か『こちら側』にある。カウンターの『あちら側』に夢を持っているから(視点が違う)」という言葉をアル方より頂いた。確かにその通りかもしれない。ただ私は未だに夢を抱きながらも悶々と実人生を歩んでいる。それは子供の自立までは…!と決めた私の『逃げ道』なのか。である為殊更に若き店主が店を開業、また新たに店を開業した其々方々に畏敬の念を抱くのだ。だからこそ今出来る事を進めていく、心持の準備を進めていく。「まだまだ甘い」と云われればそれまでである。

ブログ(ネット)という媒体は口コミよりも拡散作用が強い。それはここ十数年程前からその作用が口コミを遥かに凌駕する勢いだ。その中で私はブログという媒体を利用してあーだこーだと記事にしているという訳だ。神妙。まだ明確ではない。とりあえず惰性で進んでみる。近々酒でも呑みにいくかww
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