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2010/11/13.Sat

離れ山翠庵、一時休業となる、のぶうメモ


ついこの間、記事をアップした離れ山翠庵。

ところが…!

最近離れの暖簾を潜ったお方ならすでにご存知かと思われるが
平成22年11月14日をもって一時休業となる(泣)

店舗改装と人員教育の為なのだそうです。
今後のメニューが恐らく改変されるかもしれない。
リニューアルオープンは今の所未定。

どのような新たな離れ山翠庵として生まれ変わるのか。
愉しみだ。
ぶうメモ | Comments(0) | Trackback(0)
2010/10/06.Wed

トチロヲ、そりゃないよ…また戻ってくる??のぶうメモ


トチロヲが長期休業するのはいつもの事だ。
そう安心して再開を持ち望んでいたのだ。今年の夏。
夏休みだろ?なに!?読みたい本が多くなったからだってw!?
いいよいいよ、待ちますよ♪そんな今年の夏。


トチロヲのラーメン。
私の中ではパルパル亭、みすゞと同じ位?
いや帯広の中では一番喰ってきた。

もう記事にする必要性なんて見当たらない。
其れほど喰ってきた。


貸店舗。



どうして…?


これからもずーっと喰えると思ってた。
私のらーめん道には欠かす事など出来ない。
もう当たり前のようにあったから。トチロヲ。


あの味はもう味わえないのか…?
またあのご夫婦のキリリとした遣り取りは観られないのか…?


もう


ショック。


ショック。


ショックだよ。
ぶうメモ | Comments(26) | Trackback(1)
2010/07/21.Wed

今はなきアノたん吉食堂の思い出・エピソードを大募集!(追記あり)

突然ですが、此れをお読みの皆様にむけて大募集致します!

img_928014_38022885_0.jpg
隠密麺喰い師成行氏のブログより転載

皆様、覚えていらっしゃいますでしょうか?西3条南9丁目仲通りにありましたたん吉食堂。4年前の平成18年に永きに渡る営業に幕を下ろしました。私も高校時分より通っていた思い出の店、いや人生における軌跡に必ず存在していた店であったのです。お亡くなりになった親父さんへの個人的追悼記事は→こちら

たん吉食堂の跡地だ…

img45d25744zik2zj.jpg



ホシビルも消え、街中の風景もみるみる変化していきますね。

2010_0121_141152-DSCN3190.jpg
解体途中のホシビル。

2010_0609_124412-DSCN4302.jpg
駐車場となり、藤丸が丸見えだ、こんな風景になるのか(汗)

ホシビルの隣にあったポポロビル。私の記憶はそこ位からです。
ポポロビル同様、ホシビルも駐車場となってしまったのだ。
キネマ館という映画館が入館していて一階には三平ラーメンだ。
その以前は当時を知る方からお聞きすると長崎屋、金市館という場所だったという。
そしてその向かいに古びた今にも倒れそう(失礼)に建っていたお店がたん吉食堂だった。
私も齢30中を越え、それでもたん吉との思い出は今現在も消える事はありません。
此れをお読みになっている皆様にもそのような思い出等はございませんか?

img_928014_38022885_1.jpg
隠密麺喰い師成行氏のブログより転載

皆様はたん吉食堂にどのような思い出、エピソードをお持ちになっていますか?
願いとは、是非そのたん吉食堂での思い出やエピソードをコメント頂きたいのです!
宜しくお願い致します。そのコメントを女将さんに必ず私が替わってお伝え致します。

050312.jpg
十勝毎日新聞Webより転載

此の記事はこれからの拙記事に約一カ月間リンク致します。
どうぞ気軽に当記事にコメント頂きますようお願い申し上げます^^



【平成22年7月21日、追記】

これまでに頂いたコメントです。



「たん吉学生の頃行きましたよ。普通に考えればボロくて入らない店なんだけどなぜか引き込まれた店。周りの人もそんな感じで親父も学生の頃通った店。時代をつなぐいつまでも残って欲しい店でしたー。」

「私の親友がバイトしていたので、高校の時はよく行きました。最初に行ったのは先輩に連れられて。カツ丼があまり得意じゃなかった私ですが、一度で魅せられました!最後の日は味わっていただきました。カツ丼をたん吉以外で食べる気がしないです。宝物の味です。」

「高校生の頃、良く行きました。子供の頃、帯広に来るってイベントだったので、そのメインンディっシュ(カツ丼)でした。しかも、1人で。つれてかれたわけではなく自ら選んで行きました。勿論カツ丼美味しかったです!」

「たん吉といえばカツ丼です。学生時代かなり通いました。2階席で食べることが多かったです。カツ丼とうどんを食べていたような気がします。間違いなくカツ丼は帯広で一番好きな味でした。高校生や学生で賑わっていて本当に優しいお店でした。また、食べたいです。早く元気を取り戻してください。」

「たしか最後にたん吉のかつ丼を食べたのは5年前だったかな。高校を卒業し十勝を離れても帯広に寄る度に足を運んでいた。うまかったな。おれの中で食堂で一度にかつ丼と豚丼の2食平らげたのは生涯この店だけだった。 2年前に帯広に行った際に更地になっており胸にぽっかり穴があいたような感じだった。この店だけはなくなって欲しくなかったんで。今回の機会は遠方なので立ち会えず残念であるが、たん吉のカツ丼は、私の中の思い出です。ありがとうございました。 」


まだまだ思い出・エピソード募っております(^o^)丿
ぶうメモ | Comments(5) | Trackback(0)
2010/06/10.Thu

札内の国道沿いに突如現れた、大きな力が潜むラーメン屋旬香堂に未だ実食ならず。のぶうメモ

先日情報が飛び込んできたのが7日であった。「札内のドコモの近くでラーメン屋がオープンするらしい」8日の10時30分頃、真意と進行状況を探りに向かったのだ。

2010_0608_102841-DSCN4271.jpg

いきなり飛び込む大きな看板だ。
これは山岡家クラスの看板に少々面食らう。
らーめん旬香堂(しゅんかどう)と銘打つ。

2010_0608_102858-DSCN4272.jpg

そして外観を観て更に驚く。驚いたのは正に金の使い方だ。
こりゃ生半可な資金ではないぞ。

2010_0608_103017-DSCN4275.jpg

更に驚いたのは祝いの花々にあの偉大なるカネジン食品の社長の名が!
恐らく十勝では初ではなかろうか!?カネジン食品の麺を使用するラーメン屋。
カネジン食品とは札幌に本社を持ちながら関東の名だたるラーメン屋に麺を
提供している現在のラーメン業界では無くてはならない存在の製麺業者だ。
その会社の社長の金野仁氏は十勝の池田出身だというのも周知とされている。


するとスタッフの女性が店舗から外に出てきた。
すかさず私「いつオープンなのですか?」
するとスタッフさん「本日の11時からなんです、宜しくお願い致します^^」
私「え?!今日ですか?!!」

もう進行状況を確認する云々を通り越してもう既にオープン日であったのだ!
しかし私はその日、予定があったので実食は出来ないなあ、と泣く泣く断念…

私「カネジンさん使うのは此処じゃ珍しいですよねえ」
スタッフさん「あご存じですか?そうなんです」

2010_0608_102919-DSCN4273.jpg

メニューが店舗外に貼られていたので了承を頂いて撮影した。
豚骨主体スープと魚介スープのWスープと云う事だ。十勝でも少ない部類だろう。
コミュで実食した方の情報では各スープの割合も変える事が出来る手法らしいと知る。

2010_0608_102948-DSCN4274.jpg

店内はまだ未確認だが結構な資金で開業したのであろうと推測できる。
なんだろうか?どうもチェーン的展開や思惑の匂いがプンプンする。
オーナー店舗なんではないだろうか?郊外からの者が進出したのでは??

推測ばかりで申し訳ない。少しずつ詳細が明らかにされるだろう。
ここ何日かはスープが終わり早々に店を閉めているらしい事も判った。
そして券売機も導入しているらしい。おう凄い。

突如登場した資金力のあるラーメン屋に今後の十勝ラーメン界が
どのように影響、展開されていくのか非常に気になるところだ。期待大。
もしこれが自営なのだとしたら店主の確信と展望に既存店は脅威と感じるだろうか。
まあ味とその他に関しては今後実食してまた拙ブログで記事に致しましょう。

ぶうメモ | Comments(2) | Trackback(0)
2010/06/05.Sat

ブログで何か変わると思うなよ、ただの自慰である。自答したいぶうメモ(追記)


平成22年6月4日

久々に泥沼へ。自問自答しております。只の吐露です。スルーしてください。

私はこうして「食べる」事が大好きで「作り手」さんの生き様というか食に対する拘りや想いに共感したり心動かされたりするのです。また自身の夢への過程として自身への叱咤を含め接客やクレンリネス、ホスピタリティを学ぶ事で、お店に通う事に意義を持っておりました。関東在住時代より特にラーメンがとても深く素晴らしいメニューである!と感動し関東の端から端まで食べ歩いてきました。その当時から携帯で写真を撮り自分の軌跡として残して保存していました。帯広に戻ってきてから自身の食べた軌跡を文章にして発信出来ないか?と考えるようになりまた自身の夢の参考書、備忘録としてブログを開設する事にしました。いやそんな大袈裟な志しではなく、只単純にその店の作り手さんやお味に、その総合的なおもてなしに感動したいだけなのかもしれません。いやもっと云えば単に自慰的快感を味わいたいだけなの、か。

そんな中、今回惜しくも帯広飲食店の中でもルーキーでありとても期待していたお店「らーめんまるひで」と「とんかつ専門店桜麟(きりん)」の閉店を目の当たりにしました。その両店とも残された店舗には告知の貼り紙もされないまま灯火が消え失せました。自身ブログではらーめんまるひでを何度か記事にした事もあります。秀店主とも少しながら一言二言お話をさせて頂く機会もあったり、と。広告などで価格を下げたとか一周年記念だとか知り味わうべく暖簾を潜ったりもしましたが、しかし私は期待していたお店であったのに関わらず此処数カ月暖簾を潜ってはいませんでした。桜麟の若き店主とは「とんかつで勝負したい!」「天下を取る!」という強き意気込みと志しにとても共感を持ち、またトンカツへの愛情もとても強い店主を応援したいという気持ちを持ちました。しかしブログでは記事にまだしていませんでした。

そんな両店の閉店を目の当たりにし、私は「何をやってんだ…」「何の力にもなれなかったじゃないか」などと勝手に凹みまくり勝手に悩んでいる訳です。もう只の馬鹿です。只の妄想です。こんな私のブログなんてなんの影響力もないしそもそも只の備忘録、自分の為に書いていた自慰的作品・文章だっただけなのに。ある御大が仰いました。『「食べ歩く」のか「食べ通う」のか。誰もが持っているお客側の我儘なのかもしれないのです』またある店の親父さんが仰いました。『食べ歩いているお客さんやブログで記事にしている人達なんてすぐ離れてしまうんだから』最近アクセスが増えてきたり、またそろそろ名或る帯広ブロガーさん達の仲間入りが出来たのでないか?と舞い上がっておりました。最初の頃はホントに好き勝手書いていました。しかしある時期より帯広の飲食店の歴史を紐解いてみたいという欲求が湧いてきました。ブログを書く行為に何か大きな意義を見出してみたくなりました。最近の記事の変貌はそんなところからなのです。

「食べ歩く」のか「食べ通う」のか。

ですが「新しい味」を知り感動したい。今まで知らなかった素晴らしい「作り手」さんをもっと知りたい。その気持ちは変わる事はないと思います。また自身感じた事を紗にかけず書いていくのも変わる事はないのかもしれません。しかし今回の「らーめんまるひで」と「とんかつ専門店桜麟」の閉店で私の中で大きく『何か』が変わったと思います。その『何か』とはなんなのかはまだ明確には出来ず右往左往する気持ちで自問自答しておりますが。

「お客様」と「お店」の関係性。

お金を払ってその味にその人柄にその雰囲気に、感動する。その対価とは?5月を持って閉店してしまった寶來の最期の関係性になにかヒントが、いやそこに全てが集約されているのかもしれない。



今腑に落ちた。なんだ俺…?
一番悔しいのは店主本人じゃねーか(泣)!バカヤロー



平成22年6月5日

鬱屈していたんでかみさんにぼやいてみた。するとかみさんがこう云う。「食べ"通う"お店に出会う為の食べ”歩き”ですよ。『旨い』とジャッジする基準は脳細胞の数だけあるんだから、勿論味だけじゃなく総合評価だし。脳細胞×人口。閉店した2店舗は諦める勇気があったから素晴らしいよ。それだけ熱い想いがあったのなら尚更一番悔しいのは本人だし、リベンジを待っている人がいると知るだけで励みになるだろうね」さらに「なにかが絶対良くなかったから続かなかったんだよ。その『何か』を見つけて改善すれば強くなって再出発した時に、こっちが『ジャッジしてやるよ』位のスタンスでいたほうが店主の面目も立つって気がする」なんちゅうかみさんだ…惚れ直したわ。なんか足りない部分が符号した気がした。

情報収集ツールとしてみれば口コミ同様大きく変わる。自慰という言葉で片付けられるものではないのだろう。其の通りだ。記事を書く事で「何を云いたいのか」「何が目的なのか」「その尺度は」ある御大は確かにその事を明確とされている。私はといえばどうなんだろうか。ブロガーの記事を読んで凹む店主もいる。更にブログを(ブロガーを)利用する店主もいる。「写真を撮ってる間に料理が冷める」と心情を露わにする店主もいるのだ。コメント其々によって閉店に追い込まれた店主も確かに存在する。「お店」と「お客様(ブロガーも同意)」とのどう距離感を保つのか。それは私も日頃気になっていた事だ。また「ぶうと他の方の決定的な違いはカウンターの『あちら側』か『こちら側』にある。カウンターの『あちら側』に夢を持っているから(視点が違う)」という言葉をアル方より頂いた。確かにその通りかもしれない。ただ私は未だに夢を抱きながらも悶々と実人生を歩んでいる。それは子供の自立までは…!と決めた私の『逃げ道』なのか。である為殊更に若き店主が店を開業、また新たに店を開業した其々方々に畏敬の念を抱くのだ。だからこそ今出来る事を進めていく、心持の準備を進めていく。「まだまだ甘い」と云われればそれまでである。

ブログ(ネット)という媒体は口コミよりも拡散作用が強い。それはここ十数年程前からその作用が口コミを遥かに凌駕する勢いだ。その中で私はブログという媒体を利用してあーだこーだと記事にしているという訳だ。神妙。まだ明確ではない。とりあえず惰性で進んでみる。近々酒でも呑みにいくかww
ぶうメモ | Comments(2) | Trackback(0)
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